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塚田歴史伝説館
JR栃木駅
蔵の街として知られる栃木市は、江戸時代より例幣使(れいへいし)街道の宿場町として、また市の中心部を流れる巴波川(うずまがわ)を利用した交易で栄えた問屋町として栄え、北関東の商都と呼ばれていました。 市内には、江戸、明治、大正とその時代を語り継ぐ歴史的な建造物が数多く残されています。街の魅力は、歴史と文化が調和し日常生活の中に息づいていることです。
今回の散策コースは次のとりです。 JR栃木駅(東武日光線栃木駅)→塚田歴史伝説館→栃木市郷土資料館→横山郷土館→栃木市役所→とちぎ蔵の街美術館→岡田記念館→翁島→山本有三ふるさと記念館→あだち考古館→とちぎ蔵の町観光館→神明宮→JR栃木駅(東武日光線栃木駅)
蔵の街遊歩道入口
蔵の街遊歩道
栃木駅北口を出て、左前方の大通りを300mほど進むと巴波川にぶつかります。 現在は川幅5m程度の川ですが、この川が北関東の商都と呼ばれた栃木市を支えた巴波川です。 巴波川舟運の発達により、東京、埼玉、千葉、茨城などへの物資輸送だけでなく、関東と南東北の流通を結ぶ結節点として、問屋業、製造業発展を支えました。
栃木市の発展に大きな役割を果たしてきた巴波川の舟運は、元和3年(1617年)、徳川家康の霊柩を久能山から日光山へ改装した際、御用荷物や建築資材などを江戸から川を経由して運び、栃木の河岸に陸揚げしたことに始まります。 その後、栃木は物資の集散地として、部賀舟(べがぶね)などが往来し、江戸との交易を盛んにしました。
蔵の街遊歩道 遊覧船乗り場
巴波川沿いの道は「蔵の街遊歩道」として整備されており、ゆるやかに流れる川を眺めながら気持ちよく歩くことができます。 川沿いの遊歩道を上流に300mほど進んだ右手が塚田歴史伝説館です。 塚田家は江戸時代後期の弘化年間(1844年〜1848年)から木材回漕問屋を営んできた豪商でした。
当時は木材を筏に組んで巴波川から利根川を経由し、行きは一昼夜、帰りは三日三晩をかけて江戸深川の木場まで運んでいたといわれています。 巴波川沿いに120mにも及ぶ黒塀があり、その内側に白壁の土蔵が連なっています。 白壁の土蔵の聳え立つ姿が巴波川の水面に写る風景は、栃木の代表的な景色として、テレビでも度々紹介されています。
塚田歴史伝説館傍の休憩所
土蔵の一部を資料館として公開しています。 館内には代々集められた家宝が展示されており、またハイテクを駆使した人形ロボットにより説明や紙芝居が行われています。 庭園も美しいとのことですが、残念ながら年末年始の休館日でした。 入館料は800円で、定休日は金曜日と年末年始です。
護岸工事中の巴波川
休憩所には往時の光景が
川沿いの遊歩道に戻り、100m程上流に架かっている倭橋を少し過ぎた右手の路地を100mほど入った右手が「栃木市郷土参考館」です。 市内で質商を営んでいた坂倉家の母屋と土蔵を資料館として公開しており、約200年前の江戸時代の建物です。
倭橋
郷土資料館
母屋入口
母屋には格子のくぐり戸で出来た入口、幅5寸(約15cm)高さ1尺3寸(約40cm)の鍵の手にまわる框(かまち)、土蔵に続く珍しいつくりの座敷、千本格子の取り外し自由な障子などの特徴がみられます。
土蔵入口
母屋内部
ねずみ返し
土蔵には、ねずみ返しのある入口、床に造られた二つの空気孔、すべり止めのある急傾斜の階段、松の一本通しの梁、垂木、井筒屋の井をかたどった瓦、鬼瓦のある重厚な屋根、内雨戸式など貴重な造りが当時のままで現存しています。 建物の中には、歴史・民俗資料や市内から出土した土器などを展示しています。 入館料は無料で、休館日は月曜日です。
栃木河岸舟着場
横山郷土館
川沿いの遊歩道に戻り、200mほど上流に進んだ左手が横山郷土館です。 横山家は明治時代の豪商で、銀行業務と麻問屋で財をなしました。 左右に大谷石造りの蔵を配した、両袖切妻造の建物は、明治30年代後半から10年かけて造られたもので、建物正面に向かって右側で麻問屋、左側で銀行を営んでいたとのことです。
館内では帳場や金庫室が公開されているほか、2つの蔵では横山家で実際に使われていた日用品や、代々所有していた書画や骨董品などが展示されています。 建物は国の登録有形文化財に指定されています。 入館料は500円で、休館日は火・水曜日です。 残念ながら年末年始の休館中でした。
巴波川綱手道
綱手道 江戸時代より、巴波川の舟運により栃木市は発達してきました。 かつては、湧水もあり川の流れも速かったため、江戸からの帰路は麻綱で舟を曳いてきました。 川沿いの曳道が綱手道です。 川沿いには甍を並べる舟積問屋や豪商の倉庫が当時の面影を漂わせています。
栃木市役所別館(旧栃木町役場庁舎)
栃木市役所別館(旧栃木町役場庁舎) 建物の手前が県庁堀
横山郷土館の先の交差点を左折して200m程進んだ左手が栃木市役所です。 栃木市役所の東側に、大正時代に建てられた栃木市役所別館(旧栃木町役場庁舎)が残されています。 木造2階建ての洋風建築で、当時の建築様式を知ることのできる建物です。
常盤橋から市役所方向を望む
県庁と巴波川を結ぶ運河
栃木市役所の周囲にある堀が県庁堀で、旧県庁跡唯一の遺跡です。 明治4年(1871年)の廃藩置県により、下野国は栃木県と宇都宮県にわかれ、さらに明治6年(1873年)には栃木県に統合され、栃木町は栃木県庁の所在地となりました。 当時、その敷地の周囲には、幅約6mの堀を東西約216m、南北約315mの矩形に巡らしました。 この堀が県庁堀です。
また、巴波川との間には運河が造られ、県庁の敷地内には舟の荷揚場が設けられました。 県庁の敷地に舟の荷揚場があるのは、全国でも珍しいとのことです。 この運河は横山郷土館のそばを通っています。 明治16年(1863年)に県庁を宇都宮に移転したため、県都は13年間でした。
県庁と巴波川を結ぶ運河 右は横山郷土館
丸三家具店蔵
栃木市役所から運河に沿って元の道を戻り、横山郷土館傍の常盤橋で巴波川を渡り、次の交差点を右折して50m程進んだ右手に「丸三家具店蔵(ショールーム)」が、左手に「とちぎ蔵の街美術館」「とちぎ山車会館」があります。
「丸三家具店蔵(ショールーム)」の店の前に通りかかると、店の方に「店の中を見学できますよ」と呼び止められました。 店の中に入ると家具をはじめさまざまな物が所狭しと並べられています。
茶房 蔵や
店内1階の陳列品
店内2階の陳列品と大きな梁
店内の陳列品
店の方が店の中を詳しく案内して下さいました。 説明を聞いていると、この店の方は長年に渡って家具の製作に関わってきた感じでした。 高級な家具には引き出しなどの製品の一つ一つに造った人の銘が焼印で刻まれています。 その引き出しを取り出して刻印を自慢げに見せてくれました。 ホームページで紹介しましょうと言ったら、ますます説明に熱がこもってきました。
引出の刻印
引出を取り出して熱心に説明
右奥の蔵の陳列品
日本の家具のみでなく、外国から輸入したものも陳列されています。 2階にも数多くの家具が陳列されていました。 どれもこれも高級なものばかりで目の保養には最高です。 建物自体も年期の入った素晴らしいものでした。
とちぎ蔵の町美術館
「とちぎ蔵の町美術館」は、通称「おたすけ蔵」として親しまれている土蔵群を利用しています。 土蔵群を所有する善野家の先祖は近江商人であり、米などを扱うほかに、大名などを相手とした質商も営んだ栃木を代表する豪商です。 蔵の名称の由来は、江戸末期に困窮人救済のため多くの銭や米を放出したこと、失業対策事業として蔵の新築を行ったことに起因すると言われています。
蔵の町大通り側(蔵に向かって右側)から東蔵、中蔵、西蔵の順に3棟が平行して並び、いずれも2階建ての切妻・妻入りで、屋根は桟瓦葺き、外壁は土蔵造りに黒漆喰仕上げです。 東蔵が文化年間(1804〜1818年)初期、中蔵が天保2年(1831年)、西蔵が天保11年(1840年)の建築で、栃木市に現存する多数の蔵造りの建物の中でも最古の土蔵群です。
蔵2階の内部
土蔵3棟を改修して平成15年3月に美術館として開館したものです。 栃木市ゆかりの作家の作品を中心に収蔵・展示しています。 蔵の中に入ると、3つの蔵は1階、2階とも内部でつながっています。 入館料300円で、休館日は月曜日です。
蔵2階の展示室
「とちぎ蔵の町美術館」の隣に「とちぎ山車会館」があります。 「とちぎ山車会館」では、県指定有形民族文化財の山車の保存も兼ねて、祭りの興奮をいつでも楽しめるようにと、3台の山車を常時展示し、定期的に他の3台と入れ替えをしながら、ハイテクを駆使して「とちぎ秋まつり」を再現してします。 2階は、山車の資料に関する展示室になっています。館内は撮影禁止です。 入館料は500円で、休館日は月曜日です。
展示中の作品
とちぎ山車会館
関連するホームページ 栃木市観光協会・蔵の街 蔵の街・栃木散策その2へ 風来坊