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グランドマザー百人展 五節句の戯れ その3  (H24.9.4)


五節句の作品



五節句の作品

「五節句の戯れ」ということで、会場では、雛のつるし飾りのほか、五節句に関するコーナーが設けられていました。

人日(正月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)の5日は五節句と呼ばれ、季節の催事として現代でも親しまれています。


五節句は古来、公家や武家の間で定められた式日で、近代になって民間行事として行われるようになりました。

もともと中国から伝わってきたものです。


五節句の作品



五節句の作品

古来中国では奇数は陽数といわれ、さらに月と日が重なる日はめでたいとされてきました。

そこに日本古来の季節の節目の年中行事が重ね合わされ、五節句として日本文化になりました。

四季の移り変わりを日々の暮らしに重ねつつ、家族の幸福や健康を祈る行事です。



五節句の作品


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会場でいただいたパンフレットからの引用です。

人日

俗に七草の節句ともいわれ、七草の若葉を食べると年中無病でいられるといわれています。現代では七草粥を食べるのが一般的です。

七草とはセリ、ナズナ、ゴキョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロといわれていますが、地方によって違いがあるそうです。現代では、七種ではなく七草と表記します。


五節句の作品



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五節句の作品

この日をなぜ人日と呼ぶかというと、昔、中国では元旦から一週間を動物たちの日と定め供養していました。

元旦は鶏、2日は犬、3日は豚、4日は未(ひつじ)、5日は牛、6日は馬、そして7日が日との日でした。

7種の動物という発想から、七種の菜と変化したといわれています。


五節句の作品


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五節句の作品



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上巳

雛祭りは桃の節句ともいわれ、女性にとって特別な日とされています。

雛人形を飾り、菱餅や桃の花を供え、草餅を食べるなどして祝います。

雛人形は女の子の初節句の贈り物として、また嫁入り道具のひとつとするなど、女性にとって大切な存在です。


五節句の作品



五節句の作品

もともとは、人間の代わりに人形を作り、人の家の穢れを移して川に流した風習と、「ひいな遊び」といって玩具人形に供え物をして遊んだ風習とが、いつしか混同していったものといわれています。

現代のような段飾りや華美な装飾をするようになったのは江戸時代に入ってからで、女性の人形に対する憧れが優美な内裏雛となり、女性のための節句として受け継がれています。



五節句の作品



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端午

あやめの節句ともいわれるように菖蒲の薬効効果によって邪気払いをしたことに由来しています。

男の子の成長を願って室内には鎧兜や武者人形の五月人形、屋外には鯉のぼりを飾り、かしわ餅やちまきを食べ、菖蒲湯に入るなどの習わしが伝えられます。


五節句の作品



五節句の作品

もともと田植え祈願の神事が男の子の節句となったのは、菖蒲を「尚武(武を尚ぶ)」にかけた武家社会の台頭によるもので、以降、男の子が強くなるように、男の節句とされるようになりました。

菖蒲の香りが邪気を払うとされ、屋根にまいて家を清め、鉢巻きして、または菖蒲湯につかり身よ清めたといいます。



五節句の作品



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七夕

星祭りともいわれるように、織姫と彦星の伝説で知られています。

笹竹に願い事を書いた五色の短冊を下げ、供え物を捧げます。

また、水を張ったたらいを置き、星明かりの中で針に糸を通せると裁縫が上手くなるとも、芋の葉の露で墨をすって書くと習字が上手くなるともいわれ、様々な言い伝えがあります。


五節句の作品



五節句の作品

「たなばた」とは、もともと棚機(たなばた)からきたもので、織機のこと。

水の神に捧げる神聖な織物を織る儀式が、中国の織姫と彦星の伝説に結びついたといわれています。

また、旧暦のこの日は「七日盆」といい、盆踊りのはじまりの日でもあります。笹飾りは翌朝、川に流し、送り神に託し持ち去ってもらいました。



五節句の作品


重陽

菊の節句というように、菊を愛でる祝日とされています。

中国ではその芳香と花の気品によって邪気を払い寿命を延ばすといわれた菊は、日本でも秋を代表する花と愛されてきました。


重陽とは中国でいう陽数(奇数)がふたつ重なるという意味で、中でも単数で一番数の多い九が重なるということで、めでたい日とされてきました。

日本に伝わってからは、平安時代に宮中行事となります。


五節句の作品



五節句の作品

中国から伝来したばかりで、当時まだ珍しかった菊を眺めながら宴を開き、詩を詠い、また、菊の花に綿をかぶせ、露で濡れた菊綿で肌をなでて長寿を祝いました。江戸時代には武家、さらに庶民へと広がります。

五節句の最後を締めくくる節句として、盛んに行われていたようです。



五節句の作品


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五節句の作品

「グランドマザー百人展 五節句の戯れ」を次の方がホームページに掲載されています。異なった視点からの「五節句の戯れ」をご覧いただけます。

 二ヶ領散歩道 しげっちさん

 近ちゃんギャラリー 近ちゃん

 風にのって こころさん

 なないろSECOND ROOM かずママ

 四季折々デジカメ散歩 Santaさん



関連するホームページ

 三渓園・吊し雛展




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        風来坊


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