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晩秋の明治神宮外苑いちょう並木散策と博物館めぐり その1 (H24.11.29)


明治通りの紅葉



四ッ谷駅から外濠公園に向かう散策路

JR東日本の「駅からハイキング&ウォーキングイベント」の「晩秋の明治神宮外苑いちょう並木散策と博物館めぐり」に参加しました。

コースの概要は次のとおりです。


JR四ッ谷駅駅(受付)→新宿歴史博物館→消防博物館→キムチ博物館→聖徳記念博物館→いちょう並木→乃木神社→一ツ木通り→弁慶堀→若葉東公園→須賀神社→民音音楽博物館→ミニストップ信濃町北口点(ゴール)→JR信濃町駅


コースの歩行距離は約11km、歩行時間は約2時間50分(施設での見学時間を除く)、所要時間約3時間50分(施設での見学時間等を含む)です。

写真を撮りながら廻りましたので、所要時間4時間10分、約1万7千歩でした。


明治通り 緩やかな下り坂



明治通り 右カーブして急坂に

JR四ッ谷駅で受付を済ませ、「四谷見附北」交差点を右折し、明治通りに沿って300mほど進むと明治通りは右カーブして下り坂になります。

東京マラソンは反対方向から走ってきますので、これまでに何度となくドラマを演じてきたゴール前の上り坂です。



防衛省


明治通りが右カーブする手前の三叉路を左折して100mほど進んだ正面が防衛省正門です。

防衛省正門前の「市谷本村町」交差点を左折し、右手に防衛省を見ながら500mほど進むと「合羽坂下」交差点で、右手が中央大学市ヶ谷キャンパスです。

防衛省



中央大学市ヶ谷キャンパス

「合羽坂下交差点」を左折すると、「津の守坂通り」で上り坂となります。

津の守坂通りを200mほど進むと歩道に「新宿歴史博物館」の案内の石柱があり、左折して100mほど進んだ右手が「新宿歴史博物館」です。



新宿歴史博物館


「新宿歴史博物館」は、新宿区の郷土資料を扱う博物館で、常設展示と企画展示があります。

常設展示では、「台地に刻まれた歴史」「中世の新宿」「江戸のくらしと新宿」「近代文学にみる新宿」「昭和初期の新宿」「戦中から戦後・平成 新宿の移り変わり」の6つのコーナーに分けて、新宿の歴史、生活を時系列で展示しています。


新宿歴史博物館



新宿歴史博物館

特に急速に発展した新宿駅周辺の風俗や娯楽と人々の日常生活、新宿ゆかりの文人たちの原稿などは見応えがあります。

館内は撮影禁止ですが、カメラスポットとして指定されている場所については撮影OKです。

「新宿歴史博物館」の観覧料は無料です。



消防博物館


「新宿歴史博物館」を出て左方向に300mほど進むと幅広い新宿通りにぶつかります。

右折して新宿通に沿って300mほど進むと「四谷3丁目」の交差点で、交差点を渡った右手が「消防博物館」です。


消防博物館



消防博物館



消防博物館

「消防博物館」は、消防の歴史と活動を展示している博物館です。

平成4年の開館で、四谷消防車と併設されています。

マスコットキャラクターは「ファイアーくん」です。

展示室は地下1階から7階まで(2階を除く)あり、「消防自動車の変遷ゾーン」「現代の消防ゾーン」「消防の変遷ゾーン」「江戸の火消しゾーン」「企画展示室」「映写室」「図書資料室」などに区分して展示されています。


また、10階の「展望休憩室」からは、新宿副都心や六本木ヒルズをはじめ、晴れた日には富士山を展望することができます。

「休憩展望室」では飲食が可能で、食事の販売は行っていませんが、持ち込みOKです。

観覧料は無料です。


消防博物館



キムチ博物館(妻家房)



キムチ博物館

「消防博物館」から新宿通りに沿って数軒先が「キムチ博物館(妻家房)」です。

韓国料理店「妻家房」の店舗の奥にある博物館で、キムチの歴史、作り方、道具などを展示しています。

また、毎月第1,第3土曜日には「キムチ教室」が開催され、旬の野菜を使ったキムチ作りを体験できます。

観覧料は無料です。



キムチ博物館


キムチ博物館



四谷4丁目交差点 左前方は新宿御苑


「キムチ博物館」から新宿通りに沿って300mほど進むと「四谷4丁目」交差点です。

「四谷4丁目」交差点を左折し、新宿御苑を右手に見ながら道なりに700mほど進むと、JR中央線・総武線のガードと高速道路のガードがあります。


首都高速道路 右は外苑入口



右方向に進む 左は首都高速道路外苑入口

高速道路のガードを潜った先の「外苑橋」の交差点を左折し、国立競技場を右手に見ながら300mほど進むと信号があります。



国立競技場


奥は国立競技場


信号を左折したところに「お鷹の松」があります。

大正7年(1918年)明治神宮外苑競技場(現在の国立霞ヶ丘競技場:国立競技場や秩父宮ラグビー場などの総称)造成のために買い上げた霞岳町の敷地内に境妙寺という古寺がありました。

昔、徳川3代将軍家光が鷹狩りの途中にこの寺に休息していたところ、江戸城から飛び去っていた「遊女」と名付けた愛鷹が飛んできて、庭前の松の枝にとまったので家光は大変喜び、この松をその鷹の名をとって「遊女の松」と名付けたと伝えられています。

後の世の人々が「お鷹の松」あるいは地名をとって「霞の松」とも呼びました。

碑文にある2代目の松(樹齢推定200年、高さ4m)は、昭和39年(1964年)東京オリンピック開催のための拡張工事の際に取り去られ、碑石は競技場代々木門内に移設されていましたが、昭和54年(1979年)現在地に移され、新たに黒松が植えられています。


御鷹の松



聖徳記念絵画館



聖徳記念絵画館

信号を左折して100mほど進んだ左手が「聖徳記念絵画館」です。

聖徳記念絵画館は、明治天皇・昭憲皇太后の御聖徳を永く後世に伝えるために造営された、神宮外苑のシンボルともいえる存在です。

青山通りの外苑入り口から銀杏並木越しに見る景観は、東京を代表する風景のひとつとして広く親しまれています。


館内には明治維新を中心とした歴史的光景を描いた大壁画80枚が、画題の年代順に展示されており、当時の出来事について時代を追って見ることができます。

一流画家による優れた芸術作品であり、政治、文化、風俗の貴重な歴史資料といえるものです。


聖徳記念絵画館



青山通りから眺めた明治神宮外苑いちょう並木



明治神宮外苑いちょう並木

交差点に戻り、道なりに300mほど進んだ右手が明治神宮外苑のいちょう並木です。

明治神宮外苑の入口である青山通りからいちょう並木を眺めると、聖徳記念絵画館がいちょう並木の中心になるように植えられています。

明治神宮外苑のいちょうは、大正15年(1926年)の明治神宮外苑創建に先立って、大正12年(1923年)に植裁されたもので、並木の総本数は146本です。



明治神宮外苑いちょう並木


いちょうは樹高順に青山口から下り勾配にしたがって植えられています。

絵画館を眺望する遠近法の活用で、絵画館が実際の距離よりも遠くに見えるように表現されています。

地盤は青山口から絵画館寄りでは約1m下がっているそうです


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        風来坊


明治神宮外苑いちょう並木


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